On the Shoulders of Giants

政治思想史の古典紹介

ホッブズ『リヴァイアサンI』:万人の万人に対する闘争

Thomas Hobbes, LEVIATHAN, 1651

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今回は、あの有名な「万人の万人に対する闘争」を唱えたホッブズ『リヴァイアサン』第1部をご紹介したいと思います。(以下、引用はすべて角田安正訳、光文社古典新訳文庫からのものです。)

ホッブズによれば、国家が成立する以前の自然状態では、人間は万人の万人に対する闘争状態に置かれます。この闘争を終わらせるために、人間は互いに契約を結ぶ必要があるというのが、第1部の主な内容です。

 

1.本のタイトル、リヴァイアサンとは?

まず、タイトルとなっているリヴァイアサンとは何か。

リヴァイアサンとは旧約聖書に出てくる海の怪物の名前らしいです。この怪物の絵は、書物『リヴァイアサン』の表紙にもなっているのですが、そこでは、王冠をかぶった国王らしき人物の姿として描かれています。しかも、この国王っぽい怪物の身体をよく見てみると、小さな人間が無数に集まってできています。

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この表紙が意味するところは、「はじめに」で明かされています。

まさに人間の技術によって創造されたものに、彼の偉大なるリヴァイアサンがある。リヴァイアサンは国家と呼ばれているが、実は一種の人造人間にほかならない。自然の人間よりも巨大かつ強力であり、自然の人間を守ることを任務としているところに特徴がある。(はじめに)


つまり、ホッブズの考える国家とは、人間が自分たちを守るために作り出した人造人間であるというのです。

 

2.本の構成

ホッブズは国家=リヴァイアサンの性質を明らかにしていくにあたって、次の順序を踏むと述べています。

この人造人間の性質を説明するにあたって、次の各項を検討したい。

一.人造人間の素材と制作者。ちなみにどちらも人間である。

二.人造人間はどのようにして、またいかなる契約によって作られるのか。主権者の権利、また、その正当な権力ないし権限はどのようなものか。この人造人間を維持し、解体するのは何か。

三.キリスト教的国家とは何か。

四.暗黒の王国とは何か。

(はじめに)


『リヴァイアサン』は4部構成となっており、おそらくですが、上記の一が第1部、二が第2部・・・となっているのではないかと思われます。(まだ全部読んでないので、違っていたらすみません。)


第1部は「人間について」と題されています。人間の感じる感覚から始まり、思考、言葉、学問、宗教などについて述べられています。ここはここで、非常に読み応えのある部分であり、説得力のある考察が行われるのですが、論文全体にどのように関連しているのかがイマイチわかりづらい(私が理解できていない)ので、説明は割愛して、第1部の核心であろう↓までスキップさせてください。

 

3.自然状態:万人の万人に対する闘争

人間についての様々な考察の後、ホッブズは人間は本来平等であると述べます。身体的能力や知的能力において、多少の個人差はあるとしても、総合すれば各人の差は微々たるものだというのがホッブズの主張です。


各人の差が大してないとすると、人間は限られた資源をお互いに奪い合おうとします。ホッブズはこれを敵愾心と呼びました。


そして、国家権力が存在せず、自分の身は自分で守らなければならないような状況では、自分の財産はおろか、生命も保障されないと考えました。そうすると、相手から利益を奪うという目的だけではなく、自分の身を守るために、先手を打って相手を攻撃する必要もでてきます。つまり相手がいつ襲ってくるか分からないという猜疑心からの攻撃です。


ホッブズはさらに続けます。人はささいな発言や笑いなどで他人から過小評価されていると感じると、その人を攻撃しなければ気がすまなくなると言います。これが自負心です。

人間の本性には紛争の原因となることが主として三つあることが分かる。第一に、敵愾心。第二に、猜疑心。第三に、自負心。・・・(中略)・・・以上のことから明らかであるが、だれをも畏怖させるような共通の権力を欠いたまま生活している限り、人間は戦争と呼ばれる状態、すなわち万人が万人を敵とする闘争状態から抜け出せない。(第13章)


このように、人間は互いに争い合う性質があり、政府や法律が成立する以前の状態(=自然状態)では、まさに万人の万人に対する戦争状態を免れないというのです。

 

4.自然権:他人に手をかけることも許される

ホッブズは上記のように自然状態は「万人の万人に対する戦争状態」であると述べた上で、人間が本来もっている権利(自然権)と本来守るべき義務(自然法)について考察を進めます。


ホッブズは、万人の万人に対する戦争状態にある人間は、自分の身を守るために他人の命を奪う権利さえあると述べます。そりゃそうですよね。攻撃しなければ自分が殺されるかもしれないのですから。

自己の生命を敵から守る際、自分の助けになるのであれば何を利用しても許される。このことからさらに次のことが導かれる。すなわち、そのような状態に置かれている限り各人は、あらゆるものを自由に扱う権利を有する。そうした権利は他人の身体にまで及ぶ。(第14章)

 

5.自然法:権利を放棄すべき

しかし、このような状況では誰も天寿をまっとうすることができません。そのため、このような不都合を解消するために、人々は守るべき物事の道理、自然法を見いだした、というのがホッブズの主張です。


自然法とは、古代ギリシャ・ローマの頃から考えられていた思想で、要は法律が制定されていなくても守るべき道徳のことです。例えば、殺人を犯すと警察に捕まるから人を殺してはいけないのでしょうか?そうではなく、殺人罪という罪が刑法に書かれていてもいなくても、そもそも人を殺してはいけないというのが自然の道理だと思います。このように、法律の有無にかかわらず、人には守るべき道徳(自然法)があり、人は理性の力で自然法を見出すことができる、という考え方が自然法思想です。

【自然法に関する古代ローマの思想については下記記事も参照】


ホッブズは、重要な自然法を考察します。中でも重要なのは、①自分の身を守りつつも、平和を目指すべきこと、②平和及び自己防衛のためであれば自然権を進んで放棄すべきこと、という2つです。

<基本的な自然法>「平和を勝ちとるための努力は、希望が持てる限り続けるべきである。平和を達成できないのであれば戦争の中から、自分にとって役立つもの、自分にとって有利に働くものをすべて引き出し、それを活用することが許される。」

(中略)

<第二の自然法>平和を求めて努力せよと命ずるこの第一の自然法から、次の第二の自然法が導き出される。「平和と自己防衛のために必要であると判断される限りにおいて、他の人々の同調が得られるという前提条件のもとで、『あらゆるものを自由に扱う権利』を進んで放棄しなければならない。・・・(略)・・・」(第14章)

 

6.契約:相互に権利を譲渡

上記、権利を放棄すべきという第二の自然法こそ、ホッブズの思想にとって非常に重要な部分です。ホッブズはこの権利の放棄について、さらに詳しく説明を続けます。

権利の手放し方には二種類ある。単に放棄するか、あるいはだれかに譲渡するかのいずれかである。

(中略)

権利を放棄または譲渡するとき、人は、それと交換に譲渡してもらえる何らかの権利を念頭に置いている。あるいは、それによって期待できる利益を見込んでいる。

(中略)

権利を相互に譲渡することを、人は契約と呼ぶ。(第14章)


つまり、第二の自然法により、「他の人々の同調が得られるという」前提のもとではありますが、人々は他人の命を奪うという自然権を手放すべきであり、その見返りとして相手からも自分の命を保障してもらう。このような権利の相互譲渡を契約とホッブズは定義しました。


しかし、ことはそう簡単には進みません。

純然たる自然状態(すなわち、万人の万人に対する戦争状態)が成立している場合、根拠のある疑念が生じると契約はただちに無効になる。・・・(中略)・・・先に履行する者には、相手側が後に続くという保証はない。・・・(中略)・・・したがって、先に履行する者は自分自身を敵に売り渡すも同然である。(第14章)


恐ろしいほどのリアリズムですね。自分が契約上の義務を果たしても、相手が守ってくれるかわかりません。もっとも、ホッブズも何らかの手立てによって、両者間に信頼関係があれば契約は成立すると述べています。しかし、自然状態ではそのような契約は非常に脆く崩れやすいということなのです。

では、どのようにして契約は有効になるのでしょうか。ホッブズは、国家権力こそが契約を有効にする手段だと述べます。

だが、両者を従える共通の権力が君臨し、契約の履行を強制するのに十分な権利と実力とをそなえているなら、契約は無効にならない。・・・(中略)・・・国家が成立しているところには権力があり、みずからの信約を破ろうとする者は拘束される。したがって、もはや右の不安は根拠薄弱ということになる。だからこそ、契約によって先に履行することになっている者は、履行を義務づけられるのである。(第14章)


つまり、国家権力があれば、相手が義務を守らないかもしれないという不安は考える必要がない(仮に相手が義務を果たさなければ国家権力によって制裁を受ける)。そのため、先に履行を果たすべき者は、躊躇なく義務を果たすことができるし、そうする必要があるということです。

 

7.まとめ

ホッブズは、人間は本来、闘争に陥りやすく、自然状態は万人の万人に対する戦争状態であるというところから議論を出発させました。このような状況において、人間が理性の力によって自然法を認識し、お互いに権利を制限する契約を結ぶことで平和が達成されると考えたのです。他方、この契約は非常に不安定なものであり、この契約の履行を担保するものこそが国家権力であると述べます。

まさに、国家=リヴァイアサンの素材と制作者である人間が、どのような性質を持っており、どのような必然性によって国家を作り出したのかが第1部の内容でした。おそらく、続く第2部では、こうして必要性が生じた国家が、どのような契約で成立したのかが説明されるのだと思います(予想ですが)。

 

8.余談

古代から政治思想史の古典を読み進めてきましたが、やはり17世紀ともなると、説得力も半端ないですね。プラトンなどのように、ふわふわとした関係なさそうな比喩でごまかされたりしないですし。

私にとって、ホッブズという名は世界史でキーワードとしてのみ知っている程度でしたが、実際に著作を読むと深い世界が広がっていますね。

第2部を読み終えたらご紹介したいと思います。

 

【第2部はこちら↓】

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f:id:on_the_shoulders_of_giants:20200404185544j:plainプラトン
『国家』(前375頃)

 

f:id:on_the_shoulders_of_giants:20200404185749j:plainアリストテレス
『政治学』(前322頃)

 

f:id:on_the_shoulders_of_giants:20200404185912j:plainキケロ
『国家について』(前51頃)
『法律について』(前52-43頃)

f:id:on_the_shoulders_of_giants:20200404185956j:plainホッブズ
『リヴァイアサン』(1651)

 

f:id:on_the_shoulders_of_giants:20200404190036j:plainロック
『市民政府論』(1690)

 

f:id:on_the_shoulders_of_giants:20200404190120j:plainモンテスキュー
『法の精神』(1748)

 

f:id:on_the_shoulders_of_giants:20200404190157j:plainルソー
『社会契約論』(1762)

 

f:id:on_the_shoulders_of_giants:20200828231701j:plainJ.S.ミル
『代議制統治論』(1861) 

 

 

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