政治思想史
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前回の記事では、議題設定・沈黙のらせん・培養理論など、マスメディアが政治に与える影響について見てきました。
今回は、インターネット・SNSの登場によってメディアと政治の関係がどう変わったかを深掘りします。
「オールドメディアは不都合なことを報道しない」「ネットにこそ真実がある」——そんな言葉をSNSで見かけたことはないでしょうか。この記事では、こうした現象の背景にある考え方を、政治学・メディア研究の知見をもとに整理します。
新聞やテレビに流れるニュースは、世の中で起きるすべての出来事を伝えているわけではありません。毎日無数の出来事が起きる中で、その一部だけが「ニュース」として選ばれ、私たちの手元に届きます。
この選別の過程を最初に体系的に研究したのが、アメリカのジャーナリズム研究者デイヴィッド・マニング・ホワイト(David Manning White, 1914-1993)です。
ホワイトは1950年の論文で、地方新聞の編集者を観察し、情報の「ゲートキーパー(gatekeeper)」という概念を使って説明しました。 *1
通信社から届く大量のニュース原稿のうち、編集者が実際に採用したのはわずか10分の1ほど。しかもその選択は、編集者自身の価値観や好みに大きく左右されていたのです。
つまり、メディアから私たちに届く報道は、編集者という情報の門番(ゲートキーパー)によって選別された後のものだということです。
アメリカの言語学者ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky, 1928-)と経済学者エドワード・ハーマン(Edward Herman, 1925-2017)は、共著『マニュファクチャリング・コンセント』(1988年)の中で、マスメディアの報道が偏向してしまう理由を明らかにしました。 *2
彼らが提示したプロパガンダ・モデル(propaganda model)は、メディアが次の5つの理由で、報じるべきことを報じなかったり、控えめに報じたりするというものです。 *3
つまり、1人1人の記者というよりも、新聞社やテレビ局というマスメディア企業自身にいろんなしがらみがあるので、特定の情報を自然と優先したり排除したりしてしまうというわけです。「大企業の利益に反することは報じられない」「政府に都合の悪いことは隠される」というSNS上でよく見かける意見は、学問の世界でも主張されていたんですね。
インターネットの登場はこうした状況をどのように変えたのでしょうか。
フランスの社会学者ドミニク・カルドン(Dominique Cardon)は、2010年の著書『インターネット・デモクラシー』(日本語訳2012年)で、インターネットの登場によって、ゲートキーパーに独占されていた「声を届ける力」が、一般市民にも開かれたと述べました。 *4
新聞やテレビの時代には、どの情報を届けるか、編集者、ジャーナリスト、テレビプロデューサーといったプロだけが決めていました。しかし、インターネットの登場によって、一般の人でも多くの人に情報を届けることができるようになりました。 *5
ただ、インターネットによって、「今日、何を食べた」とか「どこどこに旅行に行った」といった身近なおしゃべりもたくさん発信されるようになりました。以前は、世の中の誰もが見ることのできる空間(公共空間)には、みんなにとって役立つ情報しかありませんでした。インターネットは、公共空間とプライベート空間の壁もなくしてしまったのです。 *6
そうなると、いろんな情報があふれてしまうことになりますが、インターネットは、何が重要で何が重要じゃないかをみんなで決める仕組みになっているとカルドンは言います。
みんながよく見るサイトは(少なくともカルドンの本が出された2010年頃は)検索結果の上位に出てくるので、みんなが見やすいところに表示されます。あまり見られないサイトは、かなり頑張って検索しないとたどりつくことができません。つまり、インターネットでは、何が重要な情報かを、権威のあるエリートが決めるのではなく、みんなの意見で決めるのです。 *7
カルドンが特に評価するのはWikipediaです。Wikipediaでは、専門家でも素人でもみんなが平等に議論して記事を作り上げていきます。 *8
カルドンはこのように、インターネットが民主的なものだと肯定的に評価しました。
カルドンが指摘したように、インターネットが民主主義に与えたいい影響は大きいと思います。 しかし、ネット上の情報が全て「真実」だと言えるでしょうか。
ここからは、ネット、特にSNS空間が抱える問題を見ていきます。
アメリカの憲法学者キャス・サンスティーン(Cass Sunstein, 1954-)は、2001年の著書『インターネットは民主主義の敵か』(日本語訳2003年)で、インターネットによって過激な意見が増えていると述べました。 *9
同じ学校や職場、近所では、ちょっと変わった考え方に同意してくれる人やちょっとマニアックな趣味を共有できる人を探すのはなかなか難しいですよね。 考え方がちょっと違っても、「そういう考えもあるのか」と思って、あまり深く議論したりせずに、仲良くしていくのではないでしょうか。
でも、インターネットがあれば、遠く離れていても、同じ考え、同じ趣味の人を探すのは簡単です。そして、同じような考えの人が集まると、議論がどんどん過激になっていきます。これを集団分極化(group polarization)と言います。しかも、インターネットなら、顔も見えないし、お互い名前も知らないので、遠慮することなくどんどん過激なことが言えちゃいます。こうして、インターネット上では、集団分極化がどんどん進んでいくのです。 *10
サンスティーンは、この集団分極化を、自分の声が反響して聞こえる「エコーチェンバー(反響室, echo chamber)」と表現しました。 *11
今では、「エコーチェンバー」という言葉は「同じ考えの人だけが集まって意見がどんどん過激になっていく状況」という意味で使われています。 *12 *13
エコーチェンバーと似た概念に、フィルターバブル(filter bubble)があります。
インターネット活動家のイーライ・パリサー(Eli Pariser, 1980-)が2011年の著書『閉じこもるインターネット』(日本語訳2012年)で提唱した概念です。 *14
GoogleやYouTube、Xなど、インターネット上でやりとりする「場」をプラットフォームと呼びます。これらのプラットフォームは、あなたが「どういうキーワードを検索したのか」、「どういう友達がいるのか」、「どこに住んでいるのか」、「どういう動画を見たのか」といった情報をたくさん集めています。そしてその情報をもとに、「あなたはどんなことが好きなのか」を予測する仕組みを持っています。この仕組みのことをアルゴリズム(algorithm)といいます。 *15
この予測から、検索結果やおすすめの動画には、あなたが好きなものばかりが並ぶようになります。あなたとあなたの友達が同じキーワードでgoogle検索をしても、趣味や好みが違うと、検索結果には違うサイトが表示されるかもしれないんです。
こうして、あなたはパソコンやスマホの中で、自分の好きなものや自分と似たような意見だけに包まれることになります。これを、パリサーはフィルターバブルと呼びました。まるで透明なシャボン玉の中にいるように、自分では気づかないまま、見たい情報しか届かない環境ができあがるわけです。 *16
エコーチェンバーとフィルターバブルは似ているので、改めて違いを整理してみましょう。
ただし、エコーチェンバーもフィルターバブルも、しっかりと定義されていないため、はっきりと区別できないとの意見もあります。
なお、エコーチェンバーやフィルターバブルの実態については研究者の間でも議論が続いており、「思ったより深刻ではない」という実証研究もあります。これはまだ答えの出ていない問題でもあります。
SNS空間が抱える問題は、エコーチェンバーやフィルターバブルだけではありません。そもそもSNSのプラットフォームはどのような仕組みで儲かっているかを考えてみましょう。
ノーベル経済学賞受賞者のハーバート・サイモン(Herbert Simon, 1916-2001)は「情報の豊かさは注意の貧困を生み出す」(a wealth of information creates a poverty of attention)という言葉で、情報が多くなると、1つ1つの情報に注意が向けられなくなると述べました。 *17
マイケル・ゴールドハーバー(Michael Goldhaber)は、注意を集めるのが難しくなるので、これからは、どれだけ多くの人の注意(アテンション)を集められるかが重要になると述べました。みんなの注意を集めることさえできればお金も集まってきます。このような社会を「アテンション・エコノミー」(the attention economy)と呼びました。*18
アテンションエコノミーとともに、私たちの生活を大きく変えたのがAIです。
イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)は、2024年の著書『NEXUS』で、これまでのメディアの歴史を振り返りながら、AIがこれまでのメディアとは全く違う性質のものだと指摘しています。 *19
これまでのメディア、例えば、新聞紙であっても、ラジオという通信機器であっても、どんな内容を伝えるかは人間が決めていました。つまり、新聞やラジオは、編集者・放送局員という人間と、読者・リスナーという人間をつなぐだけの存在でした。
これに対して、AIは人と人をつなぐのではなく、自分で判断して行動します。例えば、あるAIがどこかの国の危機を知らせるフェイクニュースを作成してSNSに投稿すると、別のAIがその記事を見て株式を売り債券を購入するかもしれません。このように、AIは人間抜きで物事を進めてしまうことができるのです。*20
このAIがアテンションエコノミーと結びついて、私たちの環境を大きく変えました。
アテンションと似たような言葉に、「ユーザーエンゲージメント」という言葉があります。これは、SNSなどを、どのくらいの人が、どのくらいの時間、どのくらい集中して利用したかということです。SNSのプラットフォームは、このユーザーエンゲージメントを高めることで、多くの企業から広告料をもらうことができます。
ニューヨークタイムズ紙の記者マックス・フィッシャー(Max Fisher)は、SNSの事業者がユーザーエンゲージメントを高めようとした結果、重大な結果を引き起こしたと告発しました。
SNSを使っていると、おすすめの投稿や動画を紹介してくれますよね。何をおすすめするかは、AIが自動的に選んでいます。SNSを開発した人は、AIに対し、ユーザーエンゲージメントが高まるようにしてほしいと指示をしただけです。AIは今までの投稿や動画などの大量のデータから自分で勝手に学習して判断をしています。そのため、AIがどのような考え方(アルゴリズム)でおすすめの投稿や動画を選んでいるかは、開発者でもよく分からないのです。 *21
様々な研究によって、ルール違反への怒りなど、道徳的感情を刺激する投稿、特に、自分と違う立場の人を否定するような投稿が拡散されやすいことが分かってきました。 *22 実際、AIが拡散していた投稿も、こうした立場の違う人への怒りを引き起こすようなものでした。 *23 ミャンマーの少数民族ロヒンギャに対する暴力も、フェイスブックによって激しくなるなど、最悪の事態が起こりました。 *24
このように、AIは、人間自身も気づかないうちに、人間の考え方のくせを利用し、怒りなどの負の感情を広め、暴力行為を引き起こすこともあるのです。
マスメディアは、ゲートキーパーとして情報を取捨選択する機能があり、マスメディア企業が置かれたしがらみによって、報道する情報には偏向が生じることが、以前から指摘されていました(ホワイト、ハーマン&チョムスキー)。インターネットの登場は、一般市民にも発言の場を開き、ゲートキーパーだけが発信するあり方を変えました(カルドン)。
しかし、ネットやSNS空間が必ずしも「真実の場」とは限りません。エコーチェンバーやフィルターバブルによってあなたに届く情報には偏りが生じます(サンスティーン、パリサー)。アテンションエコノミーによって、あなたの注意をひきつけようという競争が激しくなる中、AIの登場により、人間が気づかないうちに、人間の考え方の弱点から悪い方向に流されることもあります(ハラリ、フィッシャー)。
「オールドメディアは信頼できない」という気持ちは理解できます。しかし、だからといって「SNSにこそ真実がある」と信じ切ってしまうのも危険です。
「真実」とはそんなに簡単に手に入るものではありません。流れてくる情報をただぼんやりと眺めたり、AIに任せたりするのではなく、自分から進んでいろんな情報を調べて、見比べて、自分の頭で慎重に考えた結果、やっとかすかに理解できるものが「真実」なのではないでしょうか。
*1:David Manning White, "The 'Gate Keeper': A Case Study in the Selection of News," Journalism Quarterly, 27(4), 1950, pp.383-390 https://archive.org/details/sim_journalism-and-mass-communication-quarterly_fall-1950_27_4/page/382/mode/2up (2026.6.30閲覧).
*2:ノーム・チョムスキー、エドワード・S・ハーマン著、中野真紀子訳『マニュファクチャリング・コンセント ―マスメディアの政治経済学―』(Ⅰ、Ⅱ)トランスビュー、2007。Edward S. Herman and Noam Chomsky, Manufacturing Consent: The Political Economy of the Mass Media, Pantheon Books, 1988.
*3:チョムスキー&ハーマン、特にpp. 75-115。
*4:ドミニク・カルドン著、林昌宏・林香里訳『インターネット・デモクラシー』トランスビュー社、2012年。原書:Dominique Cardon, LA DEMOCRATIE INTERNET: Promesses et limites, Éditions du Seuil et la République des idees, 2010.
*5:カルドン、例えばp.15。
*6:カルドン、例えばp.55。
*7:カルドンpp.63-64。
*8:カルドンpp.121-122
*9:キャス・サンスティーン著、石川幸憲訳『インターネットは民主主義の敵か』毎日新聞社、2003年、原書:Cass Sunstein, Republic. Com, Princeton University Press, 2001.
*10:サンスティーンp. 74, 80-86。
*11:サンスティーンp. 80。
*12:令和5年版情報通信白書pp.30-31。
*13:サンスティーンはのちに著書『#リパブリック――インターネットは民主主義になにをもたらすのか』(伊達尚美訳、勁草書房、2018年。原書:Cass Sunstein, #Republic: Divided Democracy in the Age of Social Media, Princeton University Press, 2017.)でこの議論をSNS時代に合わせてさらに発展させています。英語のタイトルだと分かりやすいのですが「Republic.com(ドットコム)」が「#Republic(ハッシュタグ)」に進化したんですね。
*14:イーライ・パリサー著、井口耕二訳『閉じこもるインターネット——グーグル・パーソナライズ・民主主義』早川書房、2012年、原書:Eli Pariser, THE FILTER BUBBLE: What the Internet Is Hiding from You, Penguin Press, 2011.
*15:パリサーp.19。
*16:パリサーpp.19-20。
*17:笹原和俊『フェイクニュースを科学する』DOJIN文庫、2021年、p.128。
*18:Michael Goldhaber, "The Attention Economy and the Net," First Monday, 2(4), 1997. https://firstmonday.org/ojs/index.php/fm/article/view/519/440(2026.6.15閲覧)。笹原pp.128-129。
*19:ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳『NEXUS 情報の人類史』(上・下)河出書房新社、2025。原書:Yuval Noah Harari, Nexus: A Brief History of Information Networks from the Stone Age to AI, Random House, 2024.
*20:ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史』(下)河出書房新社、2025、pp.25-28。
*21:Max Fisher, The Chaos Machine : The Inside Story of How Social Media Rewired Our Minds and Our World (New York : Little, Brown, 2022) pp. 105-111.
*22:Fisher, pp. 138-139.
*23:Fisher, p. 109.
*24:Fisher, 161-164. ハラリ、pp.12-19, 94-97。