On the Shoulders of Giants

古典読書で一般教養を学び直し

ホッブズ『リヴァイアサン II』

こんにちは。中ダレして、前回投稿から大分時間がかかりましたが、ようやく第2部を読破いたしました。なお、今回も引用は光文社古典新訳文庫(角田安正訳)からのものです。

第2部では、国家設立の根拠となる社会契約が臣民自身によって結ばれたものであること、国家の形態いかんにかかわらず、国家の支配があった方が無政府状態や内戦よりはるかにましであることを主張し、当時の革命勢力による政権転覆を厳しく批判します。また、主権は分割できず、立法権は議会ではなく国王にあるというのもホッブズの特徴的な考えです。

 

1.第1部のおさらい

本論に入る前に、まず第1部の内容のおさらいをご紹介します。人間は本来、闘争に陥りやすい性質を持っているため、自然状態では万人の万人に対する戦争状態に陥る。しかし、理性の力によってお互いの権利行使(要は奪い合い・殺し合い)を制限する契約を結ぶことで、平和が達成される。この契約を担保するものこそが、国家権力である。ざっくりいうとこういうことでした。そして、第2部では、この国家権力を生み出す契約について、詳しい説明が期待されているのでした。(第1巻について詳しくはこちら

 

2.国家権力確立の必要性

第2部ではまず、人々の契約がなぜ国家権力の樹立という形をとるのか、という背景について説明がなされます。ホッブズは、自然状態を打開するためには、人々が単に合意するだけでは、単なる絵空事にすぎず、実効性がないと述べます。人々がお互いに攻撃し合わないという契約を確実なものとするには、武力を持った国家権力がにらみを効かせる必要であると言うのです。

武力による裏づけのない契約は、単なる言葉にすぎない。そこには人間の安全を守る力はいささかもない。

・・・(中略)・・・
外敵の侵入や仲間同士の権利侵害から人々を守ってやり、そうすることによって十分に安全を確保してやることが必要である。そうするだけの能力をもった公的な権力を樹立するには、方法は一つしかない。すなわち、あらゆる力をすべて一人の人間または一個の合議体にさずけるのである。(第17章)

 

3.国家樹立の契約

では、国家を樹立する契約とは具体的にどのようなものなのでしょうか。ホッブズは、国家の成立過程を「制定による国家」「獲得に基づく国家」の二種類に分けて論じていきます。


(1)制定による国家

制定による国家とは、自然状態において人々が自発的に結んだ契約による国家です。その成立過程は以下のような契約によります。

契約は、各人が各人に対して次のように宣言する形でおこなわれる(もっとも、これは擬制であって実際にそのようなことをするわけではない)。「みずからを治める権利を、私はこれこれの人に(あるいは、これこれの合議体に)譲渡する。ただし、それには条件がある。すなわち、あなたもみずからの権利を同じ人物に譲渡し、その人物のすべての行動を正当と認めなければならない。」このような手続きが完了し、多数の人々が合流して一個の人格を帯びると、それは、英語では国家(コモンウェルス)、ラテン語ではキウィタスと呼ばれる。こうして誕生したのが、強大な怪物リヴァイアサンである。(第17章)


ここで面白いのが、この契約は国家主権者と臣民の間でなされるものではなく、臣民同士で結ばれるということです(私は高校時代から今までずっと誤解していました。)。

臣民同士の契約だとどういうことが起こるのでしょう?なんと、主権者と臣民の間で契約が解除できないのです。

その根拠となるのは、もっぱら臣民が相互に結ぶ契約であって、主権者がいずれかの臣民との間に結ぶ契約ではない。そうである以上、主権者の側で契約を破棄するという事態はあり得ない。したがって、臣民は、よしんば主権を剥奪したという口実を設けたとしても、主権者に対する服従の義務から解放されることはない。(第18章)

 

(2)獲得にもとづく国家

もう一つの契約形態、獲得による国家とはどういうものでしょうか。これはまさに征服者に対し、命を助けてもらうかわりに、征服者の支配を受け入れることによって成立します。

勝利者がこうした支配を獲得するのはいかなる場合か。征服される側が、迫り来る死の一撃を免れようとするあまり、明白な言葉によって、あるいはその他の意思表示によって「生命と身体の自由さえ許されるなら、それを好きなように使ってもらっても構わない」と約束する場合である。(第20章)

 

ここでホッブズは、征服者に単に征服されるだけでは、社会契約は成立しないと述べます。獲得による国家の社会契約が成立するには、征服された側が、征服者の支配を受け入れるという意思表示をすることが必要というのです。確かに、どんなに敗北が確定していても、抵抗を続けるのであれば、支配も成立しませんね(命を落とすかもしれませんが)。

したがって、被征服者を支配する権利が得られるのは、勝利したからではなく、当の被征服者が契約に応じるからなのだ。被征服者は、征服されたからといって義務を負うわけではない。勝利者の側にみずから進んで服従するからこそ義務を負うのである。(第20章)


つまり、人々の合意によって制定された国家のみならず、征服によって成立した国家であっても、社会契約は臣民自身が結んだものであり、臣民が勝手に変えることはできないのです。

しかしどちら<制定による国家と獲得にもとづく国家>においても、主権にそなわる権利および威力に違いはない。主権者の権利は、当の主権者の同意なしに他人に譲り渡されることはない。剥奪されることもない。主権者はまた、臣民から権利侵害を理由に告発されたり、罰せられたりすることはない。主権者は、安寧秩序にとって必要なものを判断し、[国の]基本方針を定める。主権者は唯一の立法者であり、[国内の]紛争を裁定し、開戦と講和の時機を決定する至高の判定者である。執政官・顧問官・司令官やその他のあらゆる行政官および執行人を選任し褒賞を与え、処罰を下し、爵位・勲等・官位を叙するのも主権者の役目である。(第20章)


4.国家の形態

古来、プラトン、アリストテレスの頃から、国家にはどのような形態があるかが議論されてきましたが、ホッブズもこの問題に挑みます。ホッブズによれば、国家には君主制、貴族制、民主制の3種類しかないと述べます。

国家には三種類しかない。なぜか。代表者は一人であるか、さもなければ複数であるはずであり、後者の場合、その合議体には国民の全員が参加するか、国民の一部が参加するかのいずれかだからである。

一人の人間が国家を代表する場合、それは君主制である。集まる者全員から成る合議体が国家を代表する場合、それは民主制(大衆の国家)である。一部の者が国家を代表するのは貴族制である。

・・・(中略)・・・しかし、史書や、政治に関する書物をひもとくと、専制や寡頭制のように、それらとは異なる統治形態の名称が見受けられる。しかしそれは、別の統治形態を指しているわけでなくて、当該の統治形態がいやがられている場合にそう呼ばれるのである。(第19章)


史書や政治に関する書物というものの中には当然プラトンやアリストテレスも含まれているのでしょう。特にアリストテレスは君主制、貴族制、民主制の3つを、それぞれいい政治・悪い政治の2つに分ける六政体論を唱えたのですが、ホッブズによれば、まさにそれは「いやがられている場合にそう呼ばれる」だけであって、別の統治形態という訳ではないのです。

そして、さらに重要なことに、ホッブズは(君主制を支持していることは見え隠れするものの)これらの政体はいずれも一長一短があるのだと主張します。

君主に支配されて暮らしている人々は、自分たちの境遇を君主制のせいだと考える。また、民主制の統治機関あるいは主権をそなえた合議体の支配下で暮らしている人々は、厄介なことをことごとく国家の形態のせいにする。ところが権力は、いかなる形態をまとうにせよ、そうした権力形態が人々を守るのに十分に整っているのであれば、大同小異である。

・・・(中略)・・・
人々が見落としている事柄がある。それは、人の属するいずれの政体にも、必ず何らかの不都合がつきまとうということである。また、最悪の統治形態のもとで人民一般がこうむる(かもしれない)最大の不都合といえども、内戦や無政府状態にくらべれば取るに足らぬということである。(第18章)


つまり、いずれの政体であっても、内戦に比べればはるかにましだというのです。そもそも国家は、臣民自ら、または彼らの先祖が結んだ社会契約によって成立しているのだから、現状を受け入れるのが当然であり、そうした方が臣民にとっても利益がある、とホッブズは言いたいのでしょう。

リヴァイアサンが執筆された頃、英国では清教徒革命が勃発し、国王チャールズ1世が処刑されるなど、激動の中にありました。ホッブズ自身、フランスに亡命していたことからも、主権者に反旗をひるがえす革命の動きを批判するというのがこの本の重要なテーマであると言えます。


5.権力分立への批判

ところで、啓蒙思想時代の政治思想と言えば、三権分立を思い浮かべるところですが、この点についてホッブズはどのように考えていたのでしょうか。実はホッブズは主権を分割することに非常に否定的です(逆に言えば、ホッブズがわざわざ権力分立を否定しているところを見ると、既にこの時代には、国家権力の分割という考えが相応の地位を占めていたとも言えます)。

これらの権限は国王・貴族院[上院]・庶民院[下院]のあいだで分割されているのだという見解がある。そもそもこのような見解がイングランドの大部分で受け入れられていなかったら、国民が分裂し内乱状態に陥るということはなかったであろう。(第18章)


さすが議会の国、イギリスですね。国王と議会の間での権力均衡の考え方が既に広まっていたのでしょう。しかし、ホッブズは、このような構造は均衡をもたらすのではなく、党派対立をもたらすだけだとして批判しているのです。

たとえば、徴税を国全体の合議体にゆだね、指揮および命令の権力を一個の人間にゆだねる。そして、この二つの委任先に第三のものを加えて、その三者間でたまたま運良く成立する合意に、法制定の権力をゆだねるーー。このようなことをすると、国家は危殆に瀕する。・・・(中略)・・・こうした統治は統治ではなく、国家を三つの党派に分割するものである。・・・(中略)・・・神の王国であれば、君臨する神の中に三個の独立した人格が統一を保ったまま共存するということはあり得る。だが、人間の治めている国ではそのようなことはあり得ない。人によって意見がまちまちだからである。(第29章)

 

6.議会について

現代において、議会は立法機関と捉えられていますが、権力分立に批判的なホッブズは、議会の存在を立法機関だとは考えません。

あらゆる国家において立法者となる者は主権者に限られる。・・・(中略)・・・

「公民法を司るのは議会だけである」という見解がある。ところが、この命題が真であるのは、議会が主権を握っていて、招集も解散もみずからの裁量によって決めるという仕組みになっているときだけである。(第26章)


つまり、国王がおらず、議会が主権を持っているような国であれば、議会が立法機関であると言えますが、国王の下にある議会は立法機関ではない、というのがホッブズの考えです。

では議会は何のための組織なのか。それは、主権者の諮問に答え、臣民の声を届けるのが、議会の役目だとホッブズは考えます。

たとえばある王国では、六百年にわたる世襲にもとづいて主権を得た者だけが、主権者と称されていた。また、臣民から陛下という尊称をささげられ、疑問の余地なく臣民に国王として受け入れられていた。にもかかわらず、臣民の代表とはけっして見なされていなかった。それでいて代表という名称は、国王の命令を受けて国王のもとに派遣される人々の名として、すなわち人民の請願を届け、(国王が許可する場合には)人民の進言を伝える人々の名として、何の矛盾もなく通用していたではないか。(第19章)

 

ここで「代表」や「国王のもとに派遣される人々」というのは、おそらく国会議員のことを指しているのでしょう。主権者と臣民の代表、つまり国王と議会は両立するのだということです。

たとえば、主権を持った君主または合議体が、領土内の各都市やその他の地域に対し、「代表者を一名送ってよこせ」と命令を下すことが適当であると判断したとしよう。主権者は代表者に何を求めるのか。それは、臣民の暮らし向きや困り事を報告することであったり、優れた法律を制定するために、あるいはその他の事業を成し遂げるために、国を代表する人格としての主権者に対して建言することであったりする。・・・(中略)・・・しかし、そのようなことは、主権にもとづいて代表者の派遣を命じた個人または合議体が、それら代表者に対して諮問した案件に関してだけ認められるのである。(第22章)


この時代、スコットランド反乱鎮圧や敗戦に伴う戦費調達のため、2度にわたりイングランド国王が議会を召集したのですが、議会は国王の意に反する改革を進め、最後には国王を処刑するまでに至ってしまいました。議会は国王に諮問されたことだけを助言するものであって、法律の制定権はない、というのは、まさにこのような革命を批判するものです。


7.まとめ

長々と書いてきましたが、第2部の主張は次の3つにまとめられるでしょう。


①征服によるものであれ、民主的な合意によるものであれ、国家とは臣民自身が社会契約によって生み出したものであり、臣民が一方的に解除できるものではない。

②君主制であろうと民主制であろうと一長一短はあるが、無政府状態や内戦に比べれば、はるかにましである。

③権力は分割することができない。君主制における議会は君主の諮問機関に過ぎず、立法権は主権者たる君主に帰属する。


ホッブズはかなり緻密な議論を展開しており、奥深い世界を十分には消化しきれていませんが、一読するだけでも、この思想家の偉大さがわかりました。本当は第3部、第4部もあるのですが、それはまた気が向いたら挑戦しようと思います。それでは!